新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。
最近、ちょっと思い出した事があったので、書きます。
私は小学校にあがるぐらいの頃の年齢まで、
それはそれはしょっちゅう、腕が抜ける子だった。
兄が手を繋ごうとちょっとひっぱっただけで抜け
祖母がちょっと服を着替えさえようとしただけで抜け
はたまた鉄棒でぶら下がろうとして抜け
とにかく腕が抜けては泣いて泣いてわめいて泣いて
そのたびに病院に連れて行かれた。
そんなもんだから、母は兄にとっても強く言い聞かせてた。
「番長ちゃん、腕が弱いからぜったいにひっぱっちゃダメだよ!!」
ある日
我が家の前に流れている川に転げ落ちていった妹(番長)
助けようとした兄はとっさに腕を引っ張ろうとしたが
腕を引っ張る→腕が抜ける→妹が泣く→おかあさんに怒られる
と瞬時に脳内変換した兄はそのまま流れていく妹を
眺めていたらしい。
幸いな事に、近所のお兄さんに助けてもらったため私は生きているのだけど
あと数十秒遅かったら流れの速いゾーンに突入していたと思う。
さて。
最近、こんなニュースがありました。
小学校3年の男児(9)がおぼれ、6日未明、川底に沈んでいるのが見つかった。
男児は搬送先の市内の病院で死亡が確認された。男児と一緒にいた同級生3人が事故を目撃したが、「以前、川で遊んでしかられた。またしかられるのが怖かった」と周囲には打ち明けられずにいたという。
私が川に落ちていったのは3歳か4歳の頃なので兄は小学校に上がる前か1年生。
今回のニュースの男子生徒は9歳なので兄はそれよりちょっと幼かったのだけど。
おまけに兄の場合は「腕が抜けるかもしれない」という思いがあったから眺めていたのかもしれないけど・・・。(っていうか助けを求めにいけよ・・・)
この事件は「友達の命<自分保身」の結果なのだけど
こうなってしまう原因はただ単に自分が怒られたくないから(記事にもあるように)
では、どうやったら人の命の重みを幼い子供にも植え付けられるのだろう
前に何かのニュースでやっていたけど、どうも今時の子供は生きかえりを信じているらしく
その原因の1つにゲームが有ると思う。
教会にいったら命が戻る、アレイズを使ったら生きかえる
まさか本当にそう思ってる子供がいるのかと思うと、怖い。
小学生の頃、道徳の授業で自分の名前の由来を親に教えてもらいなさいと言う
宿題があった。
その授業では、命が産まれる事、命がいまある事の内容はやったかもしれないけど
「死ぬ事」っていうのはやらなかったかもしれない。
子供は禁止される事をやりたがるものです。
立ち入り禁止されれば、どうやってその塀を昇ろうかと考えるものです。
「危ないから」では理解できないでしょう。
なぜ危ないのか、行ったらどうなるのか、そうなった結果だれが悲しむのか
誰に迷惑がかかるのか
力で従わさせて、理由もわからずただ怒られてるだけになっていたのかもしれません。
「死んでしまうこと」を教えるのは難しいかもしれません。
ただ、どんな事よりも、それが一番大きな出来事なのだと言うことを
教えないと
命はどんどん軽い物になっていくかもしれません。
3人も居たのに、誰1人言わなかったのです。
これも時代のせいなのでしょうか・・・。
「1人だけ残って苦しゅうございます。
娘も苦しかったろ。すまんやった」
ちょっと前のニュースだったのですが90代の女性が自分の娘(60代)の介護に疲れて
その娘を殺して自分も死のうと思ったが、結局死ねず逮捕されたというのがありました。
この娘(60代)は夫が他界して、それが原因で精神病になってしまい
病院に入退院していたのですが、その病院でいじめにあっていると訴え
母はまわりがとめるのも聞かず、自分で娘を看る事を決め引き取った末の事件でした。
事件は約5カ月後に起きた。
「一緒に参ろうか」「ばあちゃんそうしよう」‐。
遺書に連名で署名。ベッドの横に並び、手には数珠を握らせた。
いたたまれないニュースです。
この60代の女性には息子がいました。
息子は一体なにをしていたのでしょう。
そして、この60代の女性は次女なのですが
長女が居るのなら(現在生きているのかは知りませんが)
この事を知らなかったのでしょうか。
しかし、母が娘を介護する事を周囲が止めたと言うことは
この状態を知ってる人が1人でもいるのは確か。
もしかしたら、頑固なばーちゃんだったのかもしれない
他人に手出しはされたくなかったのかもしれない。
それでも根気よくこの二人を見守る必要はあったのでは
ないでしょうか。
この問題はなにも、他の家族や隣近所のまわりの人だけを
せめるものでもありません。
行政における介護のサービスというのはお金があれば
手厚いものになるし、
逆にお金がなければそれだけのサービスしか受けられません。
この家庭の経済状態はしりませんし
上に書いたようにもしかしたら母親が頑固で
まわりからのフォローを一切受け入れようとしなかったのかもしれません。
ですが、2人だけ(母・娘)だけで抱え込むには問題が大きすぎます。
本日より選挙戦がスタートしました。
どこの党も少子化対策の公約が目に付きます。
確かに少子化対策にお金をかけるのも悪く無いことでしょう。
財源が何なのかはとっても気になりますが・・・・
増税 減税 各党で色々収入源について討論してますが
納税している者からしてみればそれがきちんと明確にならないから
政治に対して積極的に参加できないのでしょう。
話はそれましたが・・・・。
上に書いた事件はちょっと異例(高齢の母親が娘を看る)でしたが
昨今耳に入ってくるようになった「介護疲れ」という言葉。
私は育児をしたことはありませんが
したことの無い私が言っても余り説得力がないのは承知で書きます。
介護と育児では遙かに介護の方が大変だと思うのです。
人と言うのは何歳になっても親に依存すると思うし
親からの愛を得たいと思うものです。
自分を育ててくれた両親が痴呆になったり寝たきりになったり
肉体的にも精神的にもボロボロになるでしょう。
では育児と介護では何が大きく違うか と言うと
「先が見えるか見えないか」
じゃないかと思ってます。
育児には間違いなく手のかからなくなる時期が来ます。
介護の終わりは「死」です。
終わりの先が希望ではないのです。
高速道路が1000円になったのも嬉しいです。
定額給付金ももう何に使ったのか覚えてないけど貰えて嬉しかったです。
次は福祉に力を注いで貰いたいです。
状態によって介護のサービスが変わるのは問題無いと思いますが
お金によって介護のサービスが変わってしまうのは問題あります。
病魔は所得を選んで襲ってくるわけではありません。
平等にやってくるのだから。
最後に・・・・。
かといって
充分な補助を行政から受けられたとしても
介護疲れから開放される事は無いと思います。
文中にも書きましたが
親からの愛を得たい いつまでも依存していたい
そう思う気持ちが少なからずあるからです。
いつまでも元気でいて欲しいですね。
最近talk、全く更新してないね。
的な事をちやほや言われてますが、
更新してないんじゃありません。
ネタがないんです。
番長アンテナに止まるネタがありません。
ブログに書きたいわー! と思わせるネタが
ないのです。
(26時間テレビがあまりにつまらなかったって言うグチなら
延々語れるけど)
なので、ちょっと私の最近の様子を書きます。
友達に連れられてパチンコ行くようになりましたが
あまりに大敗しているので、
いい加減そろそろやめドキです。
(ホントかよ)
あのですね。
夜中に地中海がどーの、サムがどーの、魚群がどーのって
洗脳されるぐらいCMされると
次の日、地中海やってる私がいるんです。
そして、負けてるんです。
全くやめて頂きたい(世界は私を中心にまわってます)
ですが、私とつきあいの長い人は
おわかりかもしれませんが、私
根っからのケチですから。
勝ったら即ATM行って入金しますから。
勝ったぜ!やほー! ってつかいまくってるわけじゃ
ありませんので。
ほら、むかし ちょっとだけやる気になってすぐやめた
競艇みたいなもんです。
はい、次。
毎晩ビール飲んでます。
あ、報告いらんてね。
はい、次。
いい加減そろそろ新しいデジカメが欲しいです。
はい、次。
ボーナスが思ったより良かったです。
はい、次。
ゆるゆるですが、面白いこと始める予感です。
では、またお会いしましょう
要約すると
元気です、って事です。
